Zone30
2005年 10月 21日

「大人はずるい!」子ども達の訴え。

Zone30 プロジェクトイメージ

道路で遊びたいのに、クルマを気にせずに走り回りたいのに、事故になると危ないからといってなかなか遊べない。なにも大通りで遊びたい訳じゃない。ただ、家の前の道路で遊びたいだけなのに。

今、クルマを運転している私たちは、かつて路上で落書きをしたり、正義の味方ごっこをしたり、縄跳びをしたりする子ども時代があったはず。そのころ、クルマは今ほど速度を出して住宅地を走り回っていたでしょうか? 頻繁に住宅地を走り回っていたでしょうか? 今の住宅地を見ていると、道が広くなったことや車の性能が上がり、室内の騒音が押さえられたことで速度が上がっていてもドライバーは速度を感じなくなったのではないでしょうか。

せめて、市街地と住宅地では30Km/hでの走行を心がけ、子ども達が路上で遊んでいても安心な環境をつくっていかなければ、子ども達の遊び場はどんどん少なくなり、外で遊べなくなってしまいます。公園や広場へ移動するにも、後や路地からのクルマに気を遣うような生活環境では、外に出て行くこともおっくうになってしまうもの。

ドライバーの責任として、市街地・住宅地での走行速度を30km/hにし、歩行者に気を遣う運転をしなければいけませんね。

速度を上げないで走行する道づくりは地域の課題
松本市は城下町。市街地での走行は難易度が高いのです。その甲斐あってか、車の速度は広い道以外では比較的遅く押さえられています。ところが周辺市町村へ目を向けると、比較的広い道路が目立ち、信号機も少ないせいか速度が速い傾向にあるようです。その為、ちょっとした接触事故で済むはずが、転倒や田畑への転落と言った事故にまで発展しています。一つの方法として、クルマの通る面積を少なくし、歩行者・自転車の通る面積を多くすると言った工夫も考えられるのではないでしょうか。

松本でLRTを考える
2005年 10月 21日

LRT車体デザイン
街の顔になるLRTですが、まだまだその言葉も意味も浸透していません。デジタルでできることは、存在しないものを想像してイメージを具現化させることです。そこで、オリジナルの車体をデザインし、架空の路線をつくり、具体的なイメージを表現してみます。

松本市の場合、大正13年から昭和39年までの41年間、松本駅前から浅間温泉までの5.2キロを1両のチンチン電車が走っていました。市営ではなく、松本電鉄浅間線として、現在のアルピコグループが運営していました。全線単線で、途中には半径12メートルで直角に曲がるルートや、33パーミルの急勾配が待ちかまえている非常に厳しいルートだったようです。城下町と言うこともあり、松本市は道が狭く、冬には降雪があります。曲がりくねった細い路地と、勾配を有する地形に3連接車はコンパクトにまとめられ、有利だと考え、モデルにしました。

街中で走行するイメージ
松本の街中を走るLRT
こちらは、旧第一勧銀ビルの横を走るイメージ。
大名町前の走行イメージ
大名町通りを走行しているイメージです。
松本LRT架空路線図
架空の路線図です。これは現在の市街地中心部をぐるっと回り、お城の前を走った後、松本駅へ戻るルートです。
当然、このルートにした根拠はありません。

LRTって何?
2005年 10月 20日

ナントのLRT

日本では一般にLight Rail Transit(軽量軌道交通)の略として使われます。英国では、Light Rapid Transit(軽高速交通)の略として使われています。両者とも、市街地交通システムであり、旧来の路面電車を近年の技術を使い、発展させたもののことを指します。輸送できる旅客数によって「重」と「軽」は使い分けられており、JRや地下鉄などは「重高速交通」に分けられます。軽高速交通システムは、軽鉄道(近代的路面電車)、単軌鉄道、ガイドウェイ、ピープルムーバ一等のシステムを指します。

日本で導入が検討されていたり、進められているのは近代的路面電車を指していますが、名古屋市の場合「リニモ」「ガイドウェイバス」といったシステムが導入されています。

松本市の場合、松本市総合計画策定市民会議の議事録(PDFファイル)(平成17年3月19日(土)午後1時30分から午後4時40 分まで/あがたの森文化会館 本館2階8会議室)で都市交通について触れられており、政策研究(中間報告)(PDFファイル)で「LRTの可能性」に触れられているという現状です。

ヨーロッパの導入事例
ストラスブールのLRT
フランスの都市で初めてLRTを導入したのはナントです。しかし、都市改造をもやってしまった都市がストラスブール。(写真はストラスブールのLRT:撮影/望月真一)イメージの形成にデザインが占める要素が多いということを重点に置き、斬新な車体のデザインと設計を行い、1995年に本格運営を開始しました。これが可能になったのが、高位な政治能力と文化レベルの高さが背景にあったものと推測されます。日本でこの事例を当てはめることは難しいと思われますが、人口約25万人(都市圏人口45万人)という規模は、松本市の人口約23万人都市圏人口約67万人)に近いことから、参考になる部分は非常に多いと思われます。

日本での問題
良く言われているのが軌道法の緩和。驚くことに未だカタカナで書かれており、大正時代にできた法令をそのまま適用しようとしているところに大きな問題があります。

詳細は社会システム研究本部のコラムに。

http://sociosys.mri.co.jp/stuff/2005/0615.html

カーフリーデー寓話(創作)
2005年 10月 20日

谷岡さちんさん・作

「カァのまち」

あるところに、とてもとてもきれいな町がありました。
きれいに植えられた街路樹の下には、かわいいカフェが並び、香ばしいコーヒーの香りと、花壇の花の香りが、ゆったりとした時間とともに流れています。

街の人は、毎日、まるで散歩に行くようにのんびりとお仕事や買い物に出ています。

そんな街にある日、一人の行商人がやってまいりました。
彼は、それはそれは珍しい動物を連れておりました。
そして街の人に言いました。

「こいつは、“カァ”という、おとなしくて賢い動物です。
人を乗せて人の10倍速く歩きます。また、人の10倍重いものを運べます。とても便利です。皆さん、いかがですか?」

街の人たちには、そんなに速くどこかに行く必要も、重いものを運ぶ必要も、ありません。
ただ一人、珍しいもの好きのお金持ちが、一匹のカァを買いました。

お金持ちは次の日早速カァに乗って仕事に行きました。
まぁ、速い速い。歩いている人たちを追い越して、あっという間に到着です。
街の人々はうらやましくて、なんだかカァが欲しくなってきました。

行商人は、毎月、毎月街にやってきました。そのたびにだんだんカァを買う人は増え、1年後には街でカァを飼ってない人はほとんどいなくなりました。
みんなカァをひゅんひゅんと乗り回し、口々になんて便利なんだと言いました。

さて、みんながカァに乗りだすと、困ったことが起こりました。

みんな会社のまわりに乗ってきたカァを繋いだので、道が通りにくくなりました。
また、カァが勝手にたべてしまい、街路樹や花壇の花がツンツルテンになってしまいました。
それに、カァはあちこちでフンをしたので、街は汚く、臭くなってしまいました。

人々は、こんな所では散歩もしなくなりましたし、オープンカフェも、ガラガラです。
きれいだった街の面影は、もう、どこにも見つけられません。

変わってしまった街を、みんなは悲しみました。中には、便利になったのだから仕方ないという人もいました。

けれどもやはり、コレではダメだ、と思った市長さんは、ある日、『カァに決まり』を作りました。

・遠くに行くとき、大急ぎのとき、大きな荷物があるとき意外は、個人でカァに乗ってはいけない

・普段は、カァ何頭かに車を引かせた、乗り合いカァを使う。

街の人は、文句をぶぅぶぅといいましたが、市長さんは、言いました。

「確かに、カァのおかげで、街はとても便利になりました。
けれども、もともとは、カァなしで、まったく問題なくやってきたではありませんか。
もし、この決まりで、街の暮らしがとても不便になってしまったのならば、私は謝って、市長をやめます。
いえ、きっと少しは不便になってしまうでしょう。
けれど、それでも、私は、昔の、きれいな街を取り戻したいのです。
木陰のカフェで、花を眺めながら、コーヒーを飲んだりしたいんです。
どうか、分かってください」

それから、1年がたちました。
街には、緑と花が戻ってきました。
街に漂っているのは、オープンカフェの、コーヒーの香りです。
人々は、通りに面した席に座って、三頭立てのカァに引かれた車に乗っている人に、穏やかに手を振っているのでした。

おしまい。

カァのまちラフスケッチ

さちんさんのイメージ画です。クリックすると新しいウィンドウに拡大します。
カァの街イラスト設定1カァの街登場人物

人形モデル

なぜLRTなのか?
2005年 10月 19日

なぜLRTなのか。その歴史
ジュネーブのLRT
様々な意見があるようですが、一つはフランスに成功事例があることでしょう。フランスは、日本同様、強力な官僚体制と一極集中の社会体制、農業中心の国家体制がベースになっています。他の欧州諸国よりも日本に近く、やはり車中心の都市開発が行われてきました。しかし、1982年LOTIと呼ばれる国内交通の方向づけをする法律ができてから、「人の交通権」を保証し、公共交通の強化を進めるように方向転換してきました。

1950年頃からのモータリゼーションの波はフランスにも訪れ、国内に70路線、総延長3,400Kmにも及んだ路面電車は次第に廃止され、わずか3都市に残すにとどまった経緯なども日本と酷似しています。

1985年にナント市で近代的なデザインの路面電車が復活したのをきっかけに、都市のトラムブームが始まりました。その後、順調に復活を遂げた路面電車は、フランス国内で2000年現在12都市となり、そのうち9都市は新規導入した経緯があります。
フランスのトラム分布図
路面電車が受け入れられた経緯に、古い路面電車のイメージを払拭し、未来を感じさせるデザインを都市の景観の中に投入したことに一つの要因があります。

フランスのLRTは、各都市ごとにデザインが違ます。その都市ごとにデザインし、設計している試みは、地域で新しいプロジェクトを生み、産業を生み出すきっかけになり、地域の活力が戻ってきていることも効果の一つなのでしょう。

バスではなくトラム
トラムウェイを選択したフランスと、バスを選択している日本との大きな違いの一つに「環境意識」の違いがあります。ヨーロッパは深刻な酸性雨に悩まされており、隣国と陸続きという環境において、酸性雨の原因ともされる内燃機関を用いた公共交通機関を嫌った傾向があるようです。

ジュネーブのモビリティウィーク&カーフリーデー・2005
2005年 4月 25日

Genevaのカーフリーデー2005風景写真

文責 黒沼凱夫

はじめに
ヨーロッパでは、毎年9月22日にカーフリーデー(「街ではマイカーを使わない」)という都市交通イベントが行われている。この日、街の中心部では、マイカーを使う代わりに公共交通機関・徒歩・自転車などによって人々は移動し、都市の交通・環境問題について考える一日になっている。

また9月16-22日の一週間は、日により自転車の日、公共交通の日などテーマを設定して諸活動を進めるモビリティウィーク(都市交通週間)というイベントも行われる。

このモビリティウィーとカーフリーデーに合わせて、松本市ノーマイカーデー推進市民会議の有志による視察団の一員として、ジュネーブ(スイス)、フライブルク(ドイツ)、ストラスブール(フランス)へ視察に行ってきた。

わずか1週間の駆け足視察であったが、ヨーロッパの都市交通の実態を直接目で見て肌で感じ、またわずかながらも現地の人の話を直接聞くことができたことは、非常に有益な体験であった。今後の市民会議の取り組みにとって大変参考になるものと思っている。

以下にジュネーブのモビリティウィークとカーフリーデーについて報告する。

ジュネーブのモビリティウィークとカーフリーデー

9月22日(木)。ヨーロッパカーフリーデー日本担当ナショナルコーディネーターの望月真一氏の案内で、朝8時半からジュネーブのカーフリーデーの実施状況を見て回った。

ジュネーブは、人口約18万人で、国際連合ヨーロッパ本部、国際赤十字委員会本部を始
め、数々の国際機関が集まるスイス随一の国際都市である。

モビリティウィークとカーフリーデーの正式参加都市であり、とくにカーフリーデーは、
フランスで広がりだした1998年から参加しており、8回目のチャレンジである。

〈独自のスローガンとシンボルマーク〉
今年のヨーロッパ・モビリティウィークのスローガンは、「Clever Commuting:環境にやさしい賢い通勤・通学」だったが、ジュネーブでは、フランスの環境省が新しく提起した「Bougez Autrement!:これまでと異なる交通行動を」を採用し、独自の都市環境を意識したアピール活動を行っていた。「La meilleure _nergie, c_est la votre!:最良のエネルギー、それはあなたのエネルギーだ」という言葉がスローガンに添えられていた。そして、「歩くこと」を強調した靴あとのシンボルマークが印象的だった(図1)。

2005Genevaのカーフリーデーポスター
「ジュネーブのモビリティウィーク&カーフリーデーのポスター」(図1)

〈移動方法の多様化〉

ではなぜ「Bougez Autrement!」か。二つの問題が挙げられている。一つは、ジュネーブ州の運輸交通局の予測によると、ジュネーブ市の交通需要は2020年までに 40%増加するという問題である。自動車の禁止によってこの増加を抑えようとしたり、あるいは公共交通によって増加分を吸収できると考えるのは、あまり現実的でない。より簡単で効果的な対策がある。それは「組み合わせによる移動」(mobilitmbil)、すなわち「移動方法の多様化」(multimodail)だ。マイカーだけでなく、歩行、自転車、バス、トラム、鉄道、湖を渡る船、カーシェアリング、自動車の相乗り利用など、多様な移動手段・方法が現に機能している当地ならではの提案に思えた。

〈体を動かそう〉
もう一つは、健康の問題だ。市の統計によると、ジュネーブの成人男性の41%、成人女性の21%は体重過多であり、肥満症の人はそれぞれ11%と9%という数字が出ている。運動不足は、心臓病、糖尿病、肥満症、骨粗しょう症、ある種の癌などの引き金になる。「健康のために、体を動かすこと(bouger)を忘れないように」と呼びかけているが、これは自動車交通への依存度が高い長野県にも当てはまる問題であると思った。

〈モビリティウィーク&カーフリーデーのプログラム〉
9月16日からのモビリティウィークは、毎日テーマを設定して、それに関する催しを行っていた。非常に盛りだくさんで、興味深い内容のプログラムであったが、私たちが視察できたのは22日だけであった。主なプログラムと会場案内図(図2)を紹介しておく。
カーフリーデーの案内看板の写真
「イベント会場案内図」(図2)

・プログラム
16日(金) 「モビリティウィーク&カーフリーデーの開幕式」および 「尊敬、それが社会を変える」(子どもたちの描いた絵をバスやトラムで展示)

17日(土) 「ぶらぶら歩き大デモンストレーション」および
「自転車メッセンジャー・スイス選手権大会」

18日(日) 「湖の市」(市のほかに「徒歩、自転車、トラム、船で市内探訪」など)

19日(月) 「新しい移動方法」(「ローラースケートで20キロゾーン、30キロゾーンを探検」など)

20日(火) 「企業のモビリティ・プラン」(講演と討論)

21日(木) 「運動による健康、遊びによる健康」(遊戯、民俗舞踊など路上での催し)

22日(木) 「歩いて通学しよう・・・ウォーキングバス」および
「街ではマイカーを使わない!」(カーフリーデー)

〈日常化した?カーフリーデー〉
カーフリーデー当日は、市内の公共交通機関(トラム、トロリーバス、バス、そして湖の船)がすべて無料だった。それを確かめに停留所の自動券売機のそばへ行くと、トラムを待っていた市民の一人が「今日はタダだ」と教えてくれた(図3)。
無料を知らせるシール
「公共交通無料運行を知らせるシールが自動券売機に貼ってあった」(図3)

駅前にはモビリティウィークの大きな幟が何本も立っていたが、とくに特別な日という感じはしなかった。街は、人も車も普段と変わらない姿で動いているように見えた。

カーフリーデーの演出アイテムと町の風景
「モビリティウィーク&カーフリーデーの幟 ジュネーブ駅前」

ジュネーブ市内は公共交通インフラが充実していて、一番にぎやかな旧市街の中心部は日ごろからトランジットモール化されている(図4、図5)。

GenevaのTRAM
「ジュネーブのトラム」(図4)
旧市街地の目抜き通りの写真
「旧市街の目抜き通り」(図5)

走っているのはトラムとバスと自転車。車の通行が排除されていないところでも、20キロゾーンや30キロゾーンなどの規制がある。自転車の走行レーンが道路の中央にあり、自転車が悠々と走っていた。日本では考えられない光景だ(図6)。
自転車走行レーンの写真
「自転車走行レーン 旧市街」(図6)

〈トラムの復活とカーフリーデー〉
ジュネーブでも、1960年代には、モータリゼーションの進行でトラムは次々とバスに取って代わられ、かつては10本あった路線が90 年には1本を残すだけになったと言う。しかし、大気汚染や道路渋滞が深刻化し、環境問題への関心が高まるにつれて、その価値が見直され、今世紀に入ってから大々的に復活し、現在は4路線にまでなっている。

こうした動きは、1998年から7年越しの熱心なカーフリーデーへの取り組み(ヨーロッパでも最大級の予算を確保していると言われる)と決して無関係ではないだろう。カーフリーデーをきっかけにして、年々、歩行者や自転車のための道路が整備され、公共交通網のいっそうの充実が図られているのである。

〈目抜き通りの展示〉
当日のイベントは、メイン会場があって大きなイベントを行うというのではなく、市内の各所で行われていた。中心部の目抜き通りにはいくつものブースが並んで設置され、市の交通課による30キロゾーンの拡大構想の展示や、障害者などのいわゆる交通弱者の移動を支援するボランティアグループ、ペデストリアンや自転車愛好者、カーシェアリングなどの展示が行われていた(図7、図8、図9)。
市の担当者に質問している写真
「市の担当者に聞く」(図7)

30キロゾーン告知マップの写真
「地図中の青色の部分が既存の30キロゾーン 橙色の部分は検討中」(図8)
モビリティーカーシェアリングのクルマの写真
「モビリティ・カーシェアリング・スイス社の車」(図9)

〈歩いて学校へ・・・ウォーキングバス〉
午後、バスで市内の小学校で行われているイベントを見に行った。学校の回りは車両通交止め(カーフリーエリア)になっていて、路上でワークショップなどの催しが行われいる(図10、図11)。
通行止めパイロンの写真
「学校の回りは車両通交止め」(図10)

小学校の催し1:写真
小学校の催し2:写真
「小学校の催し」(図11)
通学方法の見直しがテーマになっていた。フランス語文化圏のジュネーブでは、親の送迎による通学が普通だ。「ママンタクシー」(お母さんタクシー)をやめて「ウォーキングバス」(大人が付き添う徒歩での集団登下校のこと)に切り替えようということである。この日、新しい「ウォーキングバス路線」の開通式が行われたということである(図12)。

walkingbus(集団登下校)風景の写真
「ウォーキングバス」(図12)

〈カフェ討論会〉
再び市の中心部に戻り、小高い丘にある市役所を見学してから、ジュネーブ大学のあるバスティオン公園へ行った。モビリティウィーク&カーフリーデーの中心会場になっていて、インフォメーションセンターが置かれ、無料の自転車貸し出しコーナーもあった。また環境問題の啓発パネルの大掛かりな展示が行われていた(図13、図14、図15)。
インフォメーションセンターの写真
「バスがインフォメーションセンター」(図13)

インフォメーションセンターの中の写真
「バスの中」(図14)

無料自転車貸し出しエリアの写真
「自転車無料貸し出し中」(図15)

20時から同公園のカフェレストランで行われたカフェ討論会に参加した。飲食を愉しみながらのパネルディスカッションだ。予約制だったが、市の担当者の好意で特別参加させてもらった。「視覚障害者と旅」がテーマで、パネリストは盲導犬を連れた目の不自由な人たちだった。モビリティウィーク期間中、日没後の催しとして、この種のカフェ討論会が3回行われている(図16)。
カフェ討論会風景
「カフェ討論会」(図16)

〈公共交通と連携したカーシェアリングの普及〉
最後に、スイスの交通事情で特筆すべき事柄として、カーシェアリングの普及に触れておこう。スイスはカーシェアリング発祥の地であるとともに、その先進国でもある。ブースでもらったパンフレットによると、1987年に2台の車と30人の会員でスタートしたのが、いまや1750台の各種車両、1000箇所のステーション、5万人をはるかに越える会員を擁する事業に成長している。

もう一つ、注目すべきは、カーシェアリングと公共交通との連携だ。例えば連邦鉄道やトラムとの共通パスを導入するとともに、駅前などにステーションを確保して、鉄道やトラム、バスとの組み合わせによる普及を進めているのである。公共交通の充実を背景に普及したカーシェアリングにより、さらに公共交通の利用が促進されるという好循環が見込まれているのである(図17)。

カーシェアリングのクルマの写真
「ジュネーブ駅前のステーションに置いてあったモビリティ・カーシェアリング・スイス社の車」(図17)

ドイツStuttgart市の町並み
2005年 4月 20日

資料提供・コピー:Tさん

シュトゥットガルトの説明
フランクフルトからICEで約1時間半。ミュンヘンからICEで約2時間。南西ドイツのフランスとスイスに国境を接したバーデン・ヴュルテンブルグ州の州都で、ぶどう畑の丘に囲まれた盆地にある坂の多い街です。メルセデス・ベンツとポルシェの本社があり、ドイツ有数の経済都市。しかし,経済都市とは言うものの、街中には緑が溢れ多くの公園や庭園があります。高級温泉保養地バーデン・バーデンから、黒い森(シュヴァルツ・ヴァルト) を通り、スイスとの国境にあるドイツ最大の湖ボーデン湖までの「ファンタスティック街道」の途中にシュトゥットガルトはあります。


 駅から通じる歩行者天国のショッピングストリート。英語名で「King’s Street」。日曜日は完全休業、屋台も休み。平日は20時頃まで開いているそうです。手前のサインは「Sバーン(郊外列車)」と「Uバーン(地下鉄)」の表示。


 上の反対側から見た「King’s Street」。奥に駅が見えます。右側が新宮殿。日曜とはいえ、結構人が多いです。


 宮殿近くの教会。


 市役所(ラートハウス)のビル。この街の中では比較的近代的なビルです。


 新宮殿と公園。月曜日の真っ昼間だというのに、この人たちは何をしているですかね?


 宮殿の武器庫(?)。今は楽器博物館


 黄色いバスはメルセデス製。TAXIもメルセデスがほとんど


 宮殿の前の公園から見た中央郵便局。こういう柱の建ても音が多いですね。


 Biycle criendly townで、標識も信号も歩行者と自転車が載っています。


 かなり歴史のある(と地元の人が自慢する)室内マーケット。塗装は新しいですが、壁画は当時のまま。


 駅からの道は、完全に歩行者天国ですが、すぐ隣はこのような4車線道路。横断歩道もなく、1ブロック先に立体交差しかないらしい。歩車分離ということでしょうか?


 坂の街シュトゥットガルト。ストリートとストリートを階段でつないであるので、坂道をジグザグに上らなくて済みますが、階段がきつい。


 中央駅構内。次期ワールドカップのホストシティーだそうです。


 中央駅構内のホーム。


 中央駅構内の天窓。


 この州の紋章。カッコイイですね。市の紋章は跳ね馬です。


 Uバーン(地下鉄)の自販機。見づらいですが、子どもとペットの料金が同じなのです。おもしろいですね。


 住宅地では高級車が平気で路駐してあります。どうも道路は公の駐車スペースらしいです。


 空港と市街地を結ぶCity Airport Train(通称CAT〈カット〉)。空港からのアプローチ、エントランス、エレベーター、自販機、チケットまでがすべてグリーンのストライプで統一してあり、わかりやすいですね。


 ウィーンは、詳細資料がありません。参考までに掲載しています。


 市街地のイベントはこういう「市」がいいですね。


 歩道寄りに線路が敷設してありますね。


 歩車分離の考え方はドイツから来ているのでしょうか。